ちょっと前の話になるのですが、僕のお客様の宗教法人で、代表役員の方が急遽、お亡くなりになるということがございました。
こちらの宗教法人は、仏教系なのですが、本山があり、その下部組織として個別に宗教法人がある、という形式の宗教法人様でございました。
僕は保険屋ですので、ご逝去の第一報が入った時から、いろんなフォローをさせていただいていたのですが、それまで知らなかった「ある事実」に、驚いたことがございました。
それは、次の代表役員は本山の指名を受けれないと決められない、という事実でした。
法人契約での生命保険契約においては、その代表者がなくなった場合の保険金請求手続きというのは、新代表者(新たな代表取締役)から請求いただく形となります。
つまり、諸手続きを経て、新代表者が登記されるまで「請求ができない」のです。
これ、結構盲点です。万が一の場合の事業保障とは、緊急時にお金をお持ちすることですからね。
死亡保険金支払いの実務を幾度も経験している僕の場合は、知らなかったわけではありませんが、想像を超える影響があることを、改めて知った出来事でございました。
また、実務上の盲点としては、死亡時にお支払いをする死亡保険金に関しては、概ね「死亡証明書」などの書類が必要になるのですが、これはその法人の親族以外の方では取得することが困難なものでございます。
法人が受け取る死亡保険金が何に使われるのかなどをご遺族に事前にご案内できなければ、最悪の場合、請求ができない可能性もある、これが死亡保険金請求の実務です。
つまり、実務上でも細やかな対応が求められるとともに、請求者である法人としても、速やかに次期代表者を選任し、登記して、銀行との約定なども変更して、次の代表者が人的にも、法的にも、実務的にも決まらないと、死亡保険金の請求すらできない、ということなのです。
上記のケースの場合、急遽ご連絡を頂きしてお伺いした際に、本山の指名という話がございましたので、わたくしとしては、保険担当者として目の前にいらっしゃる法人の他の役員の方々のご要望を実現しようと思い、今後はどうされたいのかをヒアリングしました。
それによると、ご逝去されたご住職のご家族は、当たり前ですが、今も寺院兼住居にお住まいであるし、まだまだ若いものの、後継者になるべく修行中のご子息様がいらっしゃり、何とか、今の状態を維持しながら寺院を継続していきたい、とのご要望でございました。
私のほうで行ったのは、以下のポイントをまとめ、本山に事前にお話しすることで、もしかすると代表者の指名に配慮がなされるかも、ということでございました。
ポイントは3点
①死亡保険金のとしてお支払いを予定する保証額
②だだし、その請求は、新代表役員の登記の完了後
③請求に必要な書類として「死亡診断書」が必要で、ご遺族しか取得できない
このアドバイスの影響があったかどうかの真実はわかりませんが、結果、末席の僧侶の立場であったまだ若い前代表のご子息様が代表役員に就任することとなり、当初の予定よりも早く登記がなされ、死亡保険金を納めさせて頂くことができました。
その後、新代表との面談の際に、ぽろっとおっしゃった一言は、今でも忘れられません。
「死亡保険金を頂いたことで、父を失った私共家族も、こうして昔のまま住まうことができて、本当にありがたく思っております」と、合掌されました。
そう、もし代表役員に別な方が指名されたら、ご家族様はお寺を出なければならない可能性があった、という事実でした。。。
仕事柄、いろんな「万が一」をイメージし、具体的な対策を考えることを20数年も業として行っている私でも、知らないことはいっぱいあるし、仕事というのは細部に神が宿らねば、仕事とは言えないのではないか、と身を引き締めることになった体験でございました。
さて、この話題を一般化してみますね。
普通の中小企業において、生命保険契約を法人契約として結び、代表取締役を対象とする契約は、めちゃ一般的だと思いますし、その代表者がなくなった場合の保険金請求というのは、上記と同じ状況になることをイメージできるのではないかと思います。
そう、保険金請求というものは「代表取締役」が行うものですから、その代表取締役が亡くなった場合には、次の代表取締役が行わねばならないのです。
そして、代表取締役というか役員の選任は、株主総会決議が必要ですよね。
また、多くの中小企業は経営権そのものである議決権を集中するために、代表取締役≒株主ではないでしょうか?
ということは、ご家族での「相続」の手続きの中で、自社株の次の株主を決め、その上で株主総会を開き、そこで新代表者を選任し、それを登記して初めて死亡保険金の請求ができる状態になります。
さて、ここまで数日でできると思いますか?
経営者の財産というのは、自社株と不動産が多く、これらの客観的は評価は時間もかかるし、難しいことは誰もがイメージできるのではないかと思います。
また、多くの場合、遺言の準備がなされていないので、相続人全員での「遺残分割協議」を行わなければ、次期株主が決まりません、、、
さらに、死亡診断書などは、ご遺族でなければ取得できませんし、死亡保険金を送金する口座なども、考慮せねばなりません。
なぜだか分かりますか?借入金等がある金融機関の口座の場合、新代表者と約定の確認、簡単にいえば借入金の個人保証をどうするのか、という問題が生ずる場合があるからです。
どちらにしましても、対策を立て、今後のことを考えて進めないと、将来の経営への影響を生ずる可能性があることを、ご想像いただけるのではないかと思います。
一般的には、株式を公開していない中小企業では、株主総会を開かない場合が多く、単にペーパーだけの形式的なことが多いのかもしれません。
でもね、代表取締役死亡の際には、ペーパーでの決議なんてことは絶対にやってはいけないことなのです。
中小企業の自社株が移動する時、事件は起きるのです。
揉める火種は「相続」の時に着火するからです。相続が争族というのはこの意味です。
では、速やかに代表取締役を選任し、手続きを進めるためにはどうすればいいのでしょうか?
それが「補欠役員(補欠取締役)」という制度です。
会社法第329条 役員(取締役、会計参与及び監査役をいう。以下この節、第371条第4項及び第394条第3項において同じ。)及び会計監査人は、株主総会の決議によって選任する。
2 監査等委員会設置会社においては、前項の規定による取締役の選任は、監査等委員である取締役とそれ以外の取締役とを区別してしなければならない。
3 第1項の決議をする場合には、法務省令で定めるところにより、役員(監査等委員会設置会社にあっては、監査等委員である取締役若しくはそれ以外の取締役又は会計参与。以下この項において同じ。)が欠けた場合又はこの法律若しくは定款で定めた役員の員数を欠くこととなるときに備えて補欠の役員を選任することができる。
実務的にいえば、役員改選の際に「もし、代表取締役が亡くなったら、次期代表取締役は○○にする」という風に決めて置くことができる訳です。
代表取締役を決めるためには、①株主総会で選任されて、②選任承諾をした上で、初めて代表取締役になれる訳ですが「補欠役員」という形で事前に決めて置けば、①を開かなくても、②の補欠役員自身が選任承諾すれば、速やかに代表取締役になれるのです。
この情報は、僕の財務の師匠からご教授頂きました。
私なんぞより業界に長くいらっしゃいますが、師匠ご自身もこういう制度までは理解できなかったと、、、
確かに2006年の会社法改正から登場した制度ですからね。
実務を重ねてくると、本当にいろんな知見が必要となります。勤勉努力を続けなければ、仕事とは名乗ってはいけないのかもと思います。
知っていればよかった、、、
事前にやっておけばよかった、、、
そんな想いを僕は僕のお客様にはしていただきたくないので、情報として共有させて頂きます。
どうぞ、役員の改選登記を行う際にでも、そういえば「補欠役員という話があったな?」ということで登記を委任する司法書士の先生にお声掛けをされてはいかがでしょうか?
これは速やかに代表権をお持ちの役員を速やかに就任し、万が一の時に対応できる制度です。
代表者の逝去に伴い、葬儀や四十九日を待っていたとしても、ビジネスは休むことなく流れていきます。
その際に、間違いなく代表権者でないとできない、いろんな手続きに対処する必要が出てきます。
皆様のご状況によっては、そこまでやらないくても大丈夫なケースもあるかもしれませんが「補欠役員を指定しておくことがマストなケースがある」ということでもございます。
我が社はどうだろうな?と思われる場合は、お声掛けくださいね。
木﨑 利長
化学メーカーの住宅部門に約9年。1999年2月生命保険会社に、ライフプランナーとして参画。
具体的には、上場企業を含む約80社の親密取引先のご縁を中心に、生命保険契約をお預かりしており、財務や資金繰りといった経営課題ついての改善や、売上を伸ばすための営業研修など、お客様の事業価値を向上させるための具体的なソリューションを提供し、経営者の弱音をも受け止められる担当者を目指し日々精進中です。
(※このブログでの意見は全て個人の意見であり所属する団体の意見を代表するものではありません。)
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